【インドネシア・ジョグジャカルタ】海外でビジネス|”なんでも屋”の牧みどりさんにインタビュー

牧みどり,インドネシア,ジョグジャカルタPRライター

 

日々の生活の中で実際に日本を飛び出し、海外それもインドネシアでさまざまな事業を手掛け”インドネシアと日本の架け橋”になっている方のお話を聞く機会はめったにありません。

 

今回はインドネシア・ジョグジャカルタで日本人会の会長を務めるかたわら「仕事は自分で作るもの」をモットーに両国をつなぐ牧みどりさんにインタビューをしました。

 

「海外でビジネスがしたい20代若者」はもちろん「インドネシアの進出を考えている」企業様に、牧みどりさんの魅力をお伝えしていきます。

 

  • 海外で何かに挑戦したい!ビジネスがしたい
  • インドネシアで頼れる現地の日本人とつながりたい

 

この記事を読み終える頃には”あなた”の何か一つでも「行動」につながるきっかけになれば幸いです。

  1. インドネシア・ジョグジャカルタの日本人会、会長|牧みどりさんってこんな人!
    1. インドネシア・ジョグジャカルタってどんなところ?
  2. 牧さんの今のお仕事について詳しく教えてください
    1. インドネシア・ジョグジャカルタ発の日系クレープ屋
    2. ガジャ・マダ大学(インドネシアランク2位)で日本語講師
    3. 4社と契約して現地情報のブログ寄稿
  3. 日本では他拠点生活・リゾート運営会社でイベント企画担当
  4. インドネシア・ジョグジャカルタへたどり着いたきっかけ
    1. きっかけはタイで働かないか?というオファーから始まった
    2. 何もかもがゼロからのスタートだった
  5. 海外でビジネスをするにいたったきかっけ
    1. ふとした会話からクレープ案が生まれた
    2. 「Cream Crepes」の由来
    3. SNSや人とのつながりが今のインドネシアでの仕事スタイルを確立する
    4. 海外でビジネスをすることに不安はなかったのか?
  6. 海外と日本のマネジメントの違いで苦労をすることもある
    1. ジョグジャカルタで人財育成に取り組む理由
  7. 海外で自身が外国人として経営・ビジネスをする大変さ
    1. インドネシア独特のコミュニティ文化
    2. 立場が弱いため詐欺にあいかけ過去に数十万円損したことも
    3. ビザ問題は避けられない
    4. それでも「現地の日本人」という希少性は付加価値になる
    5. やりがいは「経験できないことができること」
  8. 牧みどりさんの今後の展望は?
  9. 最後に:海外で挑戦したい若者へ一言お願いします!
  10. 牧みどりさんにインタビューを終えて

インドネシア・ジョグジャカルタの日本人会、会長|牧みどりさんってこんな人!

インドネシア,牧みどり,ジョグジャカルタ

牧みどりさん

現在はインドネシア・ジョグジャカルタで日系クレープ屋を経営するかたわら、日本語講師、ブログ寄稿、市場リサーチ、観光ツアープランナーなど約10種類もの事業をこなす現地の”なんでも屋”

 

ジョグジャカルタ内の日本人コミュニティである日本人会、会長としてもリーダーシップを大いに発揮する。その誰からも頼られ、愛される人柄はここへたどりつくまでの人生を物語っている。

 

スノーボードの専門学校を出て、ゲレンゲだけにとどまらず山の斜面を滑降するバックカントリーを極めるほどスノーボードが大好き!かつて某大手リゾート会社でイベント企画を担当していたことから、とくにプランナーとしての仕事を得意とする。

 

先に詳しく事業内容をチェックしたい方

牧みどりさんに問い合わせる

インドネシア・ジョグジャカルタってどんなところ?

ジョグジャカルタはインドネシアのジャワ島、中部南岸に位置する州です。かつてはジャワ島の中心部として栄え、美しい古都。

 

有名どころでいうと世界遺産のボロブドゥール寺院赤遺跡群やプランバナン寺院遺跡群があり、世界各国から観光に訪れる人でにぎわっていました。(コロナ以前)

 

それではさっそく、このインドネシア・ジョグジャカルタへたどり着くまでの軌跡や、海外でマネジメントする大変さなど根掘り葉掘り聞いていきたいと思います!

 

牧さんの今のお仕事について詳しく教えてください

牧さん!本日はお忙しい中、お時間いただきありがとうございます。どうぞよろしくお願いします!

こちらこそ、このような機会をいただきありがとうございます!今日は時間たっぷりあるので、少しでも多くの方に想いが届くようにお話させていただきますね。

 

さっそくですが、牧さんは今インドネシアのジョグジャカルタでどのようなお仕事をなさっているのですか?!

ホームページにもある通り、インドネシアの「なんでも屋」ということで、さまざまな事業を手掛けていて、何が本業?って聞かれたら返答が難しいです(笑)

 

今は主に3つの仕事に力を入れていて①クレープ屋の経営②大学で日本語講師③ブログ寄稿をメインに取り組んでいます。

 

コロナの前は観光業(ツアープランニング・ホテルやドライバー手配)、その他、企業様向けの市場リサーチ、商品代理購入、技能実習生の派遣、輸入代行など・・・ご覧のとおりなんでも!

 

素晴らしいマルチタスク能力ですね!では現在、主にしていらっしゃる3つの仕事について詳しくお聞かせください!

インドネシア・ジョグジャカルタ発の日系クレープ屋

インドネシア,CreamCrepes,ジョグジャカルタ

Cream Crepes外観

①クレープ屋

このビジネスは私がインドネシアに来るきっかけにもなって(あとで詳しく話します)ジョグジャカルタ発、日系のクレープ屋さん「Cream Crepes」を経営。

ターゲットは現地のインドネシア人(主に大学生)向けで、日本の味によせたクレープを販売している店舗の経営やマネジメント、スタッフの育成を店長としてやっています。

店舗情報をチェック

Cream Crepesのインスタをチェック

 

 

ガジャ・マダ大学(インドネシアランク2位)で日本語講師

日本語の授業の様子

②日本語講師

日本の山形大学とガジャ・マダ大学(インドネシアランク2位)が提携して行っている日本語プログラムがあり、長期の休暇で山形大学の学生が来て日本語をインドネシアの学生に教ています。

 

その日本人学生たちが来れない期間に、彼らの日本語能力が落ちないよう私が代わりにチューターとして教えていて。もしよければ山形大学のサイトで公式に紹介されているので、読んでみてくださいね。

 

ちなみに今年、日本語教育能力検定を受けるのよ!

山形大学|牧さん紹介ページ

 

素晴らしい紹介内容でした!なぜかプレッシャーを感じてしまいます(笑)山形大学と正式に契約をして日本語講師をしていらっしゃるのですね。

4社と契約して現地情報のブログ寄稿

③ブログ寄稿

現在、4社と契約してインドネシアやジョグジャカルタの現地情報をブログに寄稿する仕事もしています!実際に住んで、生活して、仕事するからこそ経験から基づく濃い内容が書ける。

 

仕事柄、現地のインドネシア人はもちろん、日本人会で情報交換もするので、常に新しく信憑性のある記事を書けることが強みだと思って、取り組んでいます。

ライター実績

牧みどりさんのブログ寄稿一覧

 

 

今、このお仕事に関して伺っただけで”チャレンジャー”なのが垣間見えました!なんでも仕事にできるスキル、見習いたいです。

日本では他拠点生活・リゾート運営会社でイベント企画担当

今でこそ、飲食店経営や講師、ライターをしていらっしゃいますが、日本ではどのようなお仕事をなさっていたのですか?

牧みどり,スノーボード

スノーボードに夢中になる牧みどりさん

高校を卒業してから、そのままスキー場に就職してスノーボード生活を送ろうかと思っていたけれど、親の意向もありスノーボードの専門学校へ進学しました。

卒業後は岐阜県に1年行き、それ以降、冬は福島県のスキー場で広報・イベント企画担当として10年ほど勤務。夏は沖縄でツアーガイドやイベント企画に携わっていたのです。

 

その間に立山で山にこもってみたり(笑)いわゆる他拠点生活を長らく楽しんでいて。仕事としては、スキー場で行われるイベント運営のプランニングから裏方を全て担っていました。

 

その努力が報われてか、社長から直々に「社員にならないか?」と数年間オファーをもらい、アルバイトから契約社員として最後は勤務。

 

年齢のこともあるから、そろそろ落ち着いて正社員になろうと思っていたころに、風向きが変わり、海外とのご縁につながりました!それでも贅沢な10年以上を日本で過ごせたと思います。

 

牧みどり

スキー場で働く牧みどりさん

冬はスキーリゾート、夏は海!まさに夢の他拠点生活ですね!お仕事ではさまざまなアーティストの方や有名人の方ともご一緒だったとか。日本でのキャリアが今、ここでいきていらっしゃることが分かりました!

インドネシア・ジョグジャカルタへたどり着いたきっかけ

そんな日本での他拠点生活を経て、なぜインドネシア、それもジャカルタではなく、ジョグジャカルタへたどり着いたのですか?

きっかけはタイで働かないか?というオファーから始まった

個人的な話をすると、少し長くなるのですが付き合ってください(笑)!実はちょうど30歳のとき、当時付き合っていた彼と婚約をしていて。

 

そのタイミングで、仕事で知り合った方から「タイで働かないか?」とオファーをもらい、沖縄にいた私はこれ以上、彼を待たせられないと思い断りました。

 

その後、まさかの破局をしてしまい、別れた次の日に「やっぱりタイに行きます!」とオファーをいただいた方に連絡して、話を進めたのです。

 

いざ、タイへ行く!というときに、任される予定だったカフェの前任者が裏切って店や必要なものを全て売却、この状態でタイへ行っても現状、仕事がなかったから白紙に。

 

しかし気持ちはすでに海外へ向いていたし、ワーキングホリデーにぎりぎり行ける歳だったから挑戦しようかと考えているときに、スキー場で知り合った方から(以下オーナー)「インドネシアで何かビジネスがしたい」とお話をもらい、共同でインドネシアに行くことになったのです。

 

オーナーはもともとスキー場の外注業者の方で、性格が似ていてすぐに仲良くなったのがきっかけで話が進んでね。

 

正直、海外ならどこでもよかったです!誰でもよかった、チャンスをくれる人も!けれど全てはご縁や出来事が重なって今にありついたという感じです。

何もかもがゼロからのスタートだった

バイク,ジョグジャカルタ

ジョグジャカルタの様子

初めてインドネシアを訪れたのは2016年、当時はまだリゾート運営会社に勤めていたため、日本とインドネシアを行き来する生活。

 

その話をくれたオーナーは「ジャカルタでバイク産業に挑戦したい」と考えていたので、現地のショッピングモールで正の字を書きながらマーケットリサーチをしていました(笑)

 

けれど調べていくうちに、ジャカルタにはすでに多くの日系企業が参入していること、バイク部品や改造のニーズがないことから、場所、ビジネスアイディアを再考することから始まり。

 

その後、オーナーさんの指示でジョグジャカルタへ向かわれたのですね!なるほど、紆余曲折あっての今があるようです。

少しオーナーの話をすると、彼がインドネシアに一人で降り立ったのは2012年のこと、直観で「この国でビジネスがしたい」と考えていたけれど、一人だとなかなか難しい。

そんなときに私と出会って「海外に行きたい×海外でビジネスしたい」がマッチして今にいたります。

海外でビジネスをするにいたったきかっけ

気になるのが、バイクからなぜクレープになったのか?その後どのように今の仕事スタイルを確立できるようになったのか?教えてください。

ふとした会話からクレープ案が生まれた

CreamCrepe,クレープ

Cream Crepesのこだわりのクレープ

オーナーと呑みながら話しているときに、ふと「クレープ屋って世界どこにでもありますよね」という話になり、その流れでジョグジャカルタのクレープ屋を徹底リサーチ。

するとお世辞にもおいしい!と言える味ではなくて(笑)クレープ台に生地をのせたままクリームやチョコレートをトッピングするので、ブヨブヨだし固まってカッチカチ!これはいかん。

ということで”日本流”のクレープをすれば流行るのではないか?と思い、ようやく本格的に始動!ジョグジャカルタは学生の街。大学に通えるインドネシア人は富裕層なんです。

 

なのでたとえ少し単価の高いクレープを販売したとしても、味が競合よりおいしくて「日本ブランド」が大好きな彼らなら来てくれると思いました。

「Cream Crepes」の由来

CreamCrep,クレープ,インドネシア

Cream Crepesのこだわりのクレープ

インドネシアでは「Cream」ってかなり高級食材、つまりこれをつけることによって少しラグジュアリーな印象付けができるのではないか?と思ったのが由来のきっかけ!

 

クレープにも使用するし、覚えやすいので例えば観光ツアーの仕事をするときは「Cream Tour」にするなど「Cream」を軸に事業ごとに後ろの名前は変えつつ一貫性を持たせています。

SNSや人とのつながりが今のインドネシアでの仕事スタイルを確立する

牧みどり,プペル,インドネシア

プペルプロジェクトの様子

やはり今はSNSの時代!とくにツイッターは頑張っています。あとは「キングコング西野さん」のオンラインサロンメンバーで、そこでも面白いつながりがありました!

 

今では世界中に面白いこと、何かに挑戦したくて”実際に行動にうつす人”たちとつながってる。

私のホームページに「プペル・インドネシアVR上映」がリリースされていて、これも面白いご縁で。サロンメンバーの一人がジョグジャカルタに会いにきてくれたのです!

で、話の中で「インドネシアでプペルを上映したい」と伝えたらすぐ話を通してくれて。西野さん本人から連絡がきて、VRプロジェクトが進みました!(現在コロナで延期中)

 

牧さんのホームページを拝見した際にびっくりして目が飛び出そうになりました(笑)私はプペル上映初日に観に行ったほどファンなので!

そうすると、人からの紹介やSNSでつながっていき仕事のご縁をいただき、ありがたいことに今は複数の事業をもつことができています。

海外でビジネスをすることに不安はなかったのか?

事前にAOIさんから質問内容の案をいただいた時に考えていたのですが、不思議と海外でビジネスをすることに不安はなかったです。それはオーナーがいたから、という理由。

 

例えば、自身で一からすべてをここでやらなければいけない、という状況だったらもちろん不安はあったはず。だけどここに来て思うのは「仕事は自分で作る」そうでなければ生きていけない(笑)

 

それが今では大学で、さらにインドネシア語で日本語講師として活躍なさっているというのが素晴らしいですね!バイタリティを感じます。

海外と日本のマネジメントの違いで苦労をすることもある

やはり国が違えば考え方や習慣、さまざまな異文化理解が必要かと思いますが、インドネシアでのマネジメントについて教えてください。

CreamCrep,クレープ,インドネシア

中央:牧みどりさん&スタッフの方たち

実際に私の店でもインドネシア人の子たちを雇って働いてもらっている中で言葉の壁を感じたことはなくて、意外と心で通じます。

 

それよりも苦労したことはやはり「文化の違い」。例えば”布巾”と”台布巾”の違いがわからない!日本人って几帳面できめ細やかな国民性なので、台所をふくための布巾と、お客様のテーブルをふく台布巾は分けますよね?

 

彼らにはそういう感覚や常識がないから、日本人の常識だと思っていることが、一歩外へでると通じない。そこの目線合わせや意識の統一が初めは大変でした。

 

後は宗教。イスラム教徒が主流なのですが、人生の中で仕事の優先順位が高すぎる日本人と、仕事よりも宗教行事が優先なインドネシア人。このような価値観の違いも最初は驚きました。

 

しかしインドネシアでビジネスをしている以上、私がある程度は順応し、彼らの考え方を理解した上でマネジメントしていかないと上手くいかないのは目に見えてわかる。

 

そして一緒に生活や仕事をしていく上で価値観が異なるのでトラブルは日常茶飯事。そのたびに一から説明をして根気よくスタッフ育成には取り組んでいます。

ジョグジャカルタで人財育成に取り組む理由

ここで人財育成に取り組む理由は依頼されたからです。

 

インドネシアに来た当初はインドネシア語もできない状態だったので「今の自分に何ができるか?」と考えたときにやはり日本人として日本語や日本の文化を現地の人に教えることでした。

 

それが一番手っ取り早かった(笑)何かをやらないと食べていけないから仕事としてやる!シンプルでしょう?

 

今ではクレープ屋のCream Crepes、技能実習生、大学など日本語を教える立場として関わることが増えた中で思うのが「日本語」って誰でも簡単に教えられるものではないのです

 

生徒で私より日本語知ってる子もいるからね!インドネシア人から教えてもらうこともある(笑)ネイティブとして恥ずかしいから、先にも言ったように試験を受けます。

海外で自身が外国人として経営・ビジネスをする大変さ

これまでお話を伺ってきて、ご縁に恵まれ、牧さんの行動力と血のにじむ努力でここまで起動にのせてこられたのだと思います。

その中でズバリ「自身が外国人が故の苦労」を教えていただきたいです!

インドネシア独特のコミュニティ文化

牧みどり,インドネシア,結婚式

牧みどりさん右:インドネシアの結婚式の様子

それはそれはいろいろなことがあるけれど、まずはこの「インドネシア独特のコミュニティ文化」!日本語と琉球語が違うように、インドネシアにもジャワ語、バリ語などがある。

 

インドネシアで何か大きな案件を契約する際は必ず「現地語」を話せるインドネシア人に同行してもらうようにしています。

 

これは独特な文化で、同じインドネシア人だとしてもよそ者とわかるとビジネス交渉において不利になったり騙される可能性があるからです。

 

英語だけしか話せない外国人は、良いカモにされていて!典型的な例がバリ島などの観光地!英語=外国人:高額な金額を落としていくと思われています。

 

そういう面では、私もゼロから学校へ行かずに言語を習得して人脈を築いてきた人間だから、コミュニティに馴染むことに時間がかかったんですよ。

 

インドネシアではお客様の立場が弱く、スタッフや店側の立場が強い!という環境も驚いたそうですね。

立場が弱いため詐欺にあいかけ過去に数十万円損したことも

以前、オーナーとクレープ屋の物件を探していたことがあって、とある日本人の方から紹介された物件をオーナーが気に入って、前金を振り込みました。

 

少し不動産詐欺の話を例にすると、大きく手段は2種類。

  • インドネシア人に名義を借りてその名義の人が裏切る(インドネシアでは外国人は不動産を所持できない)
  • リノベーションだけさせて(こちら負担)次回から契約更新をしない

 

これが典型的な詐欺パターンで、前金を振り込んだ後に知り合った法律関係の方にお話しをすると「90%詐欺のにおいがする」と言われ、結局直観を信じてその物件はキャンセル。

 

結果、前金の数十万円は損したけれど、その後の店のことを考えると大ごとになる前に気づいたおかげで勉強代と思っています!ちなみにその日本人のバックにインドネシア人がいたから、まぁ、その人も良いように利用されてたのかも。よくある話なんですよ!

 

やはり外国人というだけで、立場の弱さや損をすることもあるのですね!確かに痛いですが、勉強代と思えば今後の予防になりますね。

ビザ問題は避けられない

猫アレルギーだけど10匹と生活

あとはやはりビザですね!私は幸い、ビザをもらえたけれど、当然すべての人がもらえるわけではないので泣く泣く帰国をする人もいる。こればかりは自力でどうもできない部分ですね。

それでも「現地の日本人」という希少性は付加価値になる

牧みどり

おちゃめな一面:牧みどりさん

ヨーロッパや北米には日本人がたくさんいるけれど、インドネシアではまだ「現地の日本人」という希少性がある。とくに”日本人会会長”という肩書も自身の付加価値や信頼性をより深めてくれいます。

 

だからこそ、今のような”インドネシアと日本の架け橋”になる、つまり窓口としてのなんでも屋が成り立っているから、大変なことはあれど良い経験ができていると思うのです。

やりがいは「経験できないことができること」

トラックがひっくり返っているのはよくある話

なんだかんだ、大変なこともあるけれどやはり「海外で生活できていること」や「日本では経験できないことができること」は他の何にも代えがたい”やりがい”になっていますね。

 

この先もし他の国へ行くことがあっても、ここでの経験や、苦い思いをしたことって必ずいきてくるし、ある意味、人に対しても用心深くなれたことは良かったです。

牧みどりさんの今後の展望は?

インタビューも終わりに近づいてきました!日本でのキャリアからインドネシア・ジョグジャにきたきっかけまでさまざまなことを伺えました!改めて、牧さんの今後の展望をお聞かせください。

牧みどり,インドネシア,ジョグジャカルタ

自身の名前と同じお酒:牧みどりさん

今はコロナ渦でインドネシアにどっぷり浸かっている生活ですが、今後は日本とインドネシアを行き来したいし、タイや他の国ともビジネスがしたい!あと結婚願望もあります(笑)

世界展開というと大げさだけど、オンラインやオフラインでつながっている人たちとクリエイティブな発想で世界というフィールドで仕事がしたいな、と思っています。

 

なので、少しでも私やインドネシアでの事業にご興味を持っていただけた方はぜひともご連絡をいただけると嬉しいです!お気軽にご相談、お問い合わせをくださいね。

DMでもサイトからでもOKです

牧みどりさんに問い合わせる

最後に:海外で挑戦したい若者へ一言お願いします!

牧みどり

仕事の様子:牧みどりさん

まずはその地域に行ってください!今の時代、ネットや画面の中には膨大な情報があり、いつでも好きなときに自ら拾いにいくことができます。

しかし、私やオーナーが当初はバイク事業を展開⇒クレープ屋に変更したように、実際に現地で調査をし、生活をし、人と触れ合い、目でみて肌で文化やその国に触れなければ分かりません

キングコングの西野さんも言っているように最近はビジネス書が売れなくなってきました!本を出版するには早くても2ヵ月要します。一瞬でクラブハウスの波が来たように、環境や世界は常に変化しているからです。

その地へ行く理由がなくていいんですよ!だけどまずは一歩を踏み出さなければ、今の環境から抜けだすことはないでしょう。

 

コロナ渦での渡航が難しければ、旅行会社やインフルエンサーが主催するバーチャル旅行に参加をし、生の声を聞くのもいいですね。

 

失敗という言葉はないと思っていて、数十万円損をしたように、そのときは失敗だと思ってもその経験があなたの人生をより良いものにしてくれます!なのでまずは行動しましょう。

牧みどりさんにインタビューを終えて

牧さんのご厚意で1時間の予定が、延長してお時間をいただき、濃い内容でインドネシアでのビジネスにとどまらず、人生をあきらめない姿勢や、人とのご縁や行動力でこれほどにも大きく環境を変えることができる!と学びました。

 

老若男女問わず20代の頃から牧さんが培ってきたリーダーシップにたくさんの方が魅了され、お仕事につながっている。

 

筆者にとっても理想の30代を歩んでいらっしゃるので、いつか私もPRライターとして成功しお仕事でご一緒したいと思いました。貴重な時間を共有できて幸せなひとときでした。

コメント